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Posted by だてBLOG運営事務局 at

2010年02月23日

ソウル最後の日。

 昨日の朝にソウルからEMSで送った荷物が、今日の夕方には東京へ届いたようで、携帯に郵便のおじさんから連絡がはいって「わぁ、速い!」ってびっくりしました。1日で届いたのです。

 3ヶ月目のソウル。今日は最後の日。

 午前中は荷造りをして、幼なじみに頼まれたお使いをしにでかけました。自分のも含めてスキンケア用品の買いだめです。icon10オレンジミントのボディクリームとか青リンゴのハンドクリームとかメールで頼まれたものを例のSKIN FOODでいろいろ物色。

 午後は、クラスメイトのニノ君と近くのオリニ大公園で待ち合わせをして、プチデートでした。スペイン人のニノ君とは、3ヶ月間同じクラスで韓国語を勉強した仲の良い友だちです。彼はスペインのサラマンカ大学(名門face08)で経済を勉強して(僕には“経済”は向いていなくて“歴史”の方が好きなんだって言っていた)、その後アイルランドからソウルへ仕事で来ています。ちなみに、ニノ君には素敵な韓国人の彼女がいて、先週彼女と一緒にイテウォンでパスタを食べました。)

 今日のソウルはとても暖かくて、すっかり春の陽気でした。コートが要らないくらい。オリニ大公園の動物園と植物園とかを散歩して、「今日は最後の日だから、ake. 씨の好きな珈琲ショップに行こう」てなことで、お茶しながらスペイン人から見た韓国、日本人のake.から見た韓国のこと、旅行の話、スペインのことなど韓国語と英語のちゃんぽんで楽しいお話の時間を過ごしました。話は韓国の徴兵制の話とかake.の研究の話になりました。

 ニノ君はake.の研究について時々聞いてくるのですが、今日は「そうえいば、ポテトの歴史があるよね」という話になりました。そうです!ake.の先行研究のなかには、いわゆる新歴史主義のなかで書かれたポテトの歴史についての話が入っています。ニノくん、さすがです。

 先週イテウォンへパスタを食べに行ったときの写真。イテウォンは、東京でいうところの六本木にあたる場所。近くに米軍基地があるので夜の街を歩いているほとんどのひとが外国人(アメリカ人)でした。


 オリニ大公園にはラクダがいました。ちいさな子どもとお母さんラクダの背中に乗っていたので「ニノもラクダに乗らない?」って聞いたら「僕さ、2年くらい前にエジプトへ行って、ラクダに乗ったことがあるんだ、ラクダが暴れてすごく怖いおもいをしてね...だから僕、絶対にラクダには乗らない」って...。(笑
  

 ヨーロッパは来週あたりからカーニバルのシーズンです。

 ぜんぜん話はかわりますけれど、明日はオリンピックフィギアスケートですね。韓国では、キム•ヨナちゃんと浅田真央ちゃんの特集が組まれていて、それはそれは加熱しています


 さあ、明日はいよいよ日本です。
 
  


Posted by ake. at 23:59ソウル滞在記

2010年02月22日

セジョンサウナと“注文の多い料理店”、セマングムとか...

 ソウル滞在もいよいよ千秋楽。いやぁ...日本へ帰りたくなぁ〜い!もうちょっとここに居られれば、もうちょっと言葉も覚えられるのにぃ...帰りたくなぁ〜い涙

 昨日だいぶいろいろ動いたせいか、今日はちょっとくたびれていたので、夕方いつものセジョンサウナでマッサージをしてもらいました。だいぶ以前、明洞の紫水晶岩盤浴でエステしたことがあったのですが、セジョンサウナのマッサージには及びません。世宗大の前にありますので、一度お試しを...。

いつもパンツ一丁でからだはってやっているアカスリのお母さんに、 今日はミニマッサージをお願いしました。私がサウナにいったときは遅い昼食なのか夕食なのか...脱衣場でチゲ鍋をたべていたお母さん。電気式の鍋を囲んで彼女たちはいつも脱衣場でご飯を食べています。しかも...鍋を浴場で洗っています...。鍋を洗うためのスポンジが浴場の隅にかけてありますicon11はじめて見たときは驚きました...子どもも大人も銭湯に入りながらいろいろ食べているし...。もう慣れました。

 さて、マッサージは2時間ほどかかったでしょうか。アカスリからかなり丁寧にやってくれます。マッサージはすさまじく...やられなれていないので私にとってはイタメです。ベビーローションを振りかけられるところまではまあ普通なんですが、マッサージをされているあいだいろいろな“香り”がして妙な気分でした。顔をマッサージされているときは、“焦がしたごま油”みたいな香りがして、それからしばらくして身体からイチゴヨーグルトの香りがして「なんだ!このにおいは!」と思って目を開けたらイチゴヨーグルトとソウル牛乳が振りかけられていて...どうしようかと思いました。巷のマッサージはこういうものなのでしょうか。

 注文の多い料理店の猟師を思い出しました...。きっと彼らもこんな気分だったに違いない。icon11

 ともあれ、疲れはとれたようです。パンツのお母さん、ありがとうございました。



 で、どうしてこんなにくたびれたのかと言うと、昨日はソウル市を出てテジョンと全州市を抜けて郡山市まででかけたからでした。

テジョンの父と母に1年ぶりで再会しました...。


おそろしく巨大なチジミを3人で食べました。今回の滞在でもっとも美味しかった!チンチャ•マシソヨ〜!

手作り豆腐もチンチャ•マシソヨ〜!


ここは全州市と思われますが、碧骨堤農耕文化博物館。


これは百済時代(330年)につくられた碧骨堤(水門)です。



こちらは植民地時代につくられた灌漑用水のための水門です。日本語が刻まれていました。


クンガン?!の河口ですが...セマングムの開発区域なので、すっかり干拓される計画になっています。セマングムは大丈夫なのでしょうか...。


父黄昏れる...みたいな。。


 

 
 
  


Posted by ake. at 20:42ソウル滞在記

2010年02月17日

頭を離れない交々…そして反批判。

 たとえばインドへ行ったときは、自分が見た国の事情について、もうすこし気軽にブログが書けていた気がする。でも、ここへきて言葉をつむぐことが恐ろしく難しくなった。たぶん、とても身近な具体的なひとびとの顔が思い浮かんだりするからなのかもしれない。国の政治的な事情の複雑さという点においては、インドだって韓国だっておなじように難しい問題をかかえているのに...。それはでも、ここが私にとって、とても近い場所に“なった”からなのかもしれない、とも思う。そういう意味では、とても得がたい時間を過ごせたのかもしれない。

 ここしばらく、ずっと頭をはなれなかった言葉が、あって...。それは、あのハルモニの言葉。

「もう80になるっていうのに、こうやってテレビを見て、こどもが母親の愛情を与えられているのをみると、どうして私には愛情が与えられなかったのだろうって...そう思うと、こんな歳なのに、情けないと思うけれど腹が立ってしかたがないの...テレビの中のこどもに嫉妬してしまう」

 夕食のあとに、居間で一緒にテレビを見ながら過ごしていたときのことだった。どうして、急に彼女がそんなことを言いはじめたのかは、わからない。

 ハルモニの唄ってくれたのは、日本語と中国語とロシア語バージョンの“カチューシャかわいや”だった。

「ロシア語もできるんですか?」と聞くと
「ハルピンにはロシア兵がたくさんいたからね、片言だけ」とかえってくる。

 幼い少女だった彼女の、目眩がしそうなほどめまぐるしく変転していった時間と空間と底知れない不安にどうやって自分なんか重ねられるだろう。途方に暮れた。

 すべての試験がおわったので、いつもはソウルの“国分寺”みたいな“君子”というところに住んでいるのだけれど、街の真ん中へでてみた。修復されている光化門のあたりをトボトボ歩きながら、思い浮かんだのは、あのハルモニの顔だった。

 今日は家に帰ったら、朝からずっと考えてい「反批判」を書こうと思っていたのだけれども、またにしようと思う。怒りというのでもないけれど、「たぎる」ってことは、ake.にだってある。
 
 なんどもなんども、こうやってスピヴァックの呪いみたいに、あの途方に暮れる気持ちはやってくるのだろうな。
 
 さて、明日は日本大使館へ行ってきます。
   


Posted by ake. at 01:41ソウル滞在記

2010年02月12日

seoul佳境

 韓国は15日からお正月です。

 こちらは昨日ですべての授業が終わり、今日から最終試験がはじまりました。今日は読み、書き、聞き取りの3つの試験で、16日のマラギ(会話)試験を終えて、今学期が終了です。

 いま日本へ帰ったらせっかく覚えた韓国語忘れちゃいそうでちょっと心配なんです。ソウル生活もほんとうに快適に過ごしています。

 ほんとうにいろんなことがあった3ヶ月...face02楽しかったぁ。

 先週末は、クラスのみんなでカムジャッタン(ジャガイモと骨付き牛肉のチゲスープ)を食べに行きました。担任のふたりの先生も一緒でした。それから、カラオケにも。久々にアホな踊りを披露したake.でした...face02


 いつもake.の隣の席に座っているヤンヤンくんがなんと中国語で“中島みゆき”を歌っていておどろきました。  


Posted by ake. at 22:13ソウル滞在記

2010年02月03日

考試院(コシウォン)のこと。

  今日は旅行者のために韓国の宿泊事情をお伝えします。
 短期的な旅行ならば、ホテル、モーテル(一部ラブホ)、旅館があります。学生ならモーテルが価格的にはよいと思います。1泊40000wが目安です。探せばお風呂付きもあるようです。だいたいはキングサイズのベッドです。ラブホの場合は70000wくらいだそうです、
 泊まるその日に部屋を見せてもらって、価格交渉などをして泊まるということになります。これは、インドとかも同じですね。

 それから韓国で中•長期的留学するひとたちの住まいは、アパート、大学の寄宿舎、下宿のほかに「コシウォン」があって、ake.はコシウォンに3ヶ月間滞在しています。

 大学の寄宿舎はいっぱいで、アパートと下宿はそれぞれ保証金が必要だったので、ネットでいろいろ探してレジデンスタイプのコシウォンを選びました。

 コシウォンは漢字で「考試院」と書くのですが、受験勉強をするために学生が使う宿泊施設です。韓国は受験戦争が厳しいので、こういう場所もあるのですね。最近は、孤独になりたいひとが生活する場所というふうに捉えられてもいるのですが、ake.が滞在しているコシウォンは受験勉強の学生がほとんどです。時々、サラリーマン風のおじさんとかも泊まっています。

 料金はakeのところは1ヶ月35000wから43000wくらいです。日本円で35000円前後。価格は交渉する必要があって、HPには料金が載っていなくて掲示板で問い合わせするシステムになっています。だから韓国語が少しできたほうがよいです。日本語を話すひとはいません。
 ake.は「外国人」ということもあるのでしょうが、料金は430000wでちょっと高いのかも知れません。400000wで交渉すればよかったなぁって今は思っているのですけれど、まぁいいことにしました。
 ake.の滞在しているレジデンスのオーナーは優しいお母さんで、なかなか満足しているからです。

部屋の通路はこんなかんじです。オンドルがきいているので、冬でもとても暖かいです。寝るときも薄いタオルケットだけで眠れます。
 

 ここが共同のキッチンで、手前に洗濯機があります...。ご飯は24時間食べられるようになっていて、ほかにラーメン、キムチ、生卵が冷蔵庫に入っていて、好きなだけ食べられるようになっています。インスタント珈琲、緑茶、お醤油や油とかもすべてそろっていて、十分生活できます。


キッチン前にこんな張り紙。「勉強している学生さんがいっぱいいるので、ドアを閉める時はそっとね〜」。


壁紙とかが、オーナーの趣味でしょうか...バラの花だったりします。ま、かわいいです。


ake.の部屋はワンルームタイプで、といってもものすごく狭いですが...。お風呂はなくてシャワーだけです。なので時々サウナへ行きます。


本棚と机、テレビ、小さい冷蔵庫とクローゼット。机の奥行きがないのがちょっと不満です。


  


Posted by ake. at 22:45ソウル滞在記

2010年01月31日

まとめられない1週間。

 blogが自堕落になってきました。まとめて1週間と思いましたがまとまりません。

 そういえば、サリンジャーが亡くなったそうです。ご冥福をお祈りします。

 『ライ麦畑でつかまえて』は高校時代のake.の愛読書でした。これを読んでから、世間に上手く順応できなくなったと思います。『フラーニとゾーイ』も『ナイン•ストーリーズ』もそこそこ好きでした。感動とかするような作品ではなく。読めば、自分の内側ばかり気になるようになってしまいます。いつからか、大人になることもあきらめました。とどのつまり...だいぶ影響を受けたのですね。よくもわるくも....。

 世界に、ほとんど絶望といっていいような出来事が起りそうな...そんな苦しい予感が絶え間なくやって来て、そういうことは「気のせい」だと思って考えないようにしてきたけれど、そろそろ無理かなと思うのです。やっぱり、大人にはなれないと思う、今日このごろ。

 さて。

 すこし体調崩し気味だったけれど、友だちに会ったりして元気を取り戻しています。でも食べてばっかりなので、サウナへ行ったり運動もしなくちゃいけないですね。

 日曜日は、ソウル郊外にある市場へ出かけました。大型トラックがひしめいていて、野菜がいっぱい積み込まれていました。


「身土不二」って書いてあります。こういう野菜の段ボールがいっぱいありました。去年、全北大でのシンポジウムでも議論になっていたのですが、「身土不二」という言葉が朝鮮で流行ったのは1930年代の植民地時代のことだそうです。最近、韓国の農協で「身土不二」がブランドになっているようです。


段ボールがはみだしているのですけれど、運転は大丈夫なのでしょうか。


 日曜のランチ。アメリカンフランチャイズでメニューが洋食であろうとも、キムチはつきます。ちなみに、「キムチのおかわりいかがですか?」って聞かれました。


 土曜は西大門刑務所歴史館を経由して、ソウル市歴史博物館、仁寺洞、光化門を歩きました。コメントをつけようと思うのですが、そうとうシビアな話になりそうなので、今回は写真だけにとどめます。




小学生がいっぱい見学に来ていました。


こちらは独立門。


土曜の晩ご飯はサンギョッサル。


 授業が終わった後にいつもはみんなで学食するのですが、ピザを食べに行った金曜日。なんか写真がぼけてるなぁ。カイバイボ(じゃんけん)に負けてしまい、辛いピザの上にさらにタバスコをかけた激辛ピザを食べるはめになり...涙が出ました。じゃんけん弱いです。
 
 

 語学堂の授業風景の1コマ。みんなとても優しい仲間で、勉強は大変だけれどとっても楽しい。日本へ帰りたくなぁい...。


 ひとりで食べた火曜ランチの冷麺。4000w。

 
 友だちと食べた水曜のポッサム。


 久々に美味しい珈琲の飲めた水曜日。


食べてばっかりじゃん。

 年度末だからなのかTAの報告書とかレポートとかどっさり...。こんなはずじゃあなかったのに...。


   


Posted by ake. at 23:54ソウル滞在記

2010年01月25日

歴史認識と焼き肉4人前と胃薬。

ハンギョレ新聞より

"建国時点1948年に設定…親日派の役割認めた格好" 指摘

クォン・ヒョクチョル記者,キム・ポンギュ記者

独立烈士らの子孫団体である光復会(会長 キム・ヨンイル・写真)が文化体育観光部が推進中の‘大韓民国歴史博物館’建設計画に対し "政府樹立に参加したという理由で親日民族反逆者に免罪符をあげること" として計画白紙化を要求した。

光復会は25日午前、ソウル,汝矣島の光復会館2階光復ホールで記者会見を行い 「名分は‘大韓民国歴史博物館’だが、事実上1948年8月15日の政府樹立に参加した日帝附逆勢力の建国功労を認定する‘建国博物館’建設計画」として、このように主張した。

光復会は大韓民国歴史博物館が大韓民国樹立時点を1948年8月15日と見て博物館の展示計画を組むなど、誤った歴史意識に基づき建てられていると主張した。キム・ヨンイル光復会長はこの日の声明書発表を通じ「大韓民国は3・1独立運動で建設された臨時政府の法統を継承するというのが憲法の精神」として「これを認めず1948年の政府樹立に参加した親日勢力らに功績を渡すことは民族史的正統性の深刻なき損」と語った。

光復会は決議文で「誤った現政権の歴史観が正されるまで、政府主管の3・1記念日,光復節慶祝式および記念式に不参加を宣言する」と明らかにした。光復会は28日午前11 時、歴史博物館建設主体の文化体育観光部前で会員と市民など1000人余りが集まった中で抗議示威を行う予定だ。

大韓民国歴史博物館建設事業は2008年63周年光復節および大韓民国建国60周年の時に李明博大統領の祝辞を契機に推進された。政府はソウル,鍾路区,世宗路にある文化体育観光部庁舎をリサイクルし、2012年までに段階的に博物館建設工事を終える計画だ。

クォン・ヒョクチョル記者 nura@hani.co.kr 写真キム・ポンギュ記者 bong9@hani.co.kr

原文: http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/400941.html 訳J.S


 こちらでニュースを見ていると、歴史認識と子どもの教育の報道密度が高いですね。英語教育推進とかね。

 今日は1週間ぶりくらいで日本人を見ました...そしたらヤジマでした。国家記録院へ資料収集へ来たついでに、寄ってくれました。ついでに焼き肉をご馳走になりました。

 何度か書きましたけれど、韓国って、ひとりでご飯を食べることが、大変気の毒なことだと感じられるようなのです。レストランや食堂だけじゃなくて、ちまたのカフェへ行ってもひとりで珈琲を飲んでいる人さえ探すのが難しいくらいなのです。

 だから、ake.はほぼ毎日のようにひとりでお茶飲みながら本読んでいたりすると、“違うカルチャーのひと=日本人”だなぁってすぐ解っちゃうみたいですね。とくに、女の子ひとりで食事しているひとを、自分以外にはまだ見たことがないです。face07

 そんなことで、焼き肉をひとりで食べる行為というのはもう“孤絶”を意味するくらい寂しいことで、巷の焼き肉屋さんへ行ってもふつうは一人前というのはないのです。やじま曰く「ake.さんとここで食っておかないと、焼き肉食える機会を失うもん」...。そーゆーわけで孤絶同士焼き肉を食べに行くことにしました。

 焼き肉の写真を撮るのを忘れました。
 結局、テジカルビとプルコギを合計4人前も食べちゃったのでした。馳走になったなぁ。

 バファリンのお使いをお願いしていて...。なんかこういう風に写真になると、まるで“薬中”のようですけれども、ホッとした...。頭痛いと、もうどうしようもないし。


 「胃は大丈夫なのか」って大田胃散薬も10粒くれました。焼き肉4人前食べて...胃薬。まったくダメ人間です。

 ふだん日本人がほとんどいない場所で、大学の友だちに会ったので狐につままれたような妙な感じで、日本へ帰ってきてしまったかのような錯覚に見舞われました。

 ここはまだ日本じゃない...。

 来週は、新村にある西大門刑務所歴史館の模様をお伝えできるでしょう。  


Posted by ake. at 00:48ソウル滞在記

2010年01月23日

甦り

 火曜の夜から体調を崩してしまい3日ばかり寝込んでしまったのでした。

はじめは寒さに負けて風邪なのかなと思ったのでしたが、症状は胃痛と偏頭痛でした。久々に苦しみましたface18生憎持ってきたバファリンをきらせてしまい、こちらの薬局で処方してもらった鎮痛剤を飲んでいたのですが、眠くなるだけで痛みはちっとも去ってくれないのです。

 原因はあきらかでした。

 先週末にナヌムの家のハルモニたちに会って、彼女たちの人生のほんの瞬間をなぞってしまったからです。もっとも、それは決して烏滸がましく「追体験」などと語れるようなことではなく、文字通り「胃の痛くなる」「頭の痛くなる」なぞらえになってしまったということかもしれません。
  
 2010年。
 世界が予想以上に困難な状況に直面していることが現実になっている。毎日流れているニュースやメールや電話や...。でも、途方に暮れてるわけじゃない。なんだかいろんなことができそうな、予感がしてきた朝。

 さて、そろそろいつも通りの生活。


 今日は特別に ake.お気に入りから映像をひとつ。

人は一人一人では、いつも永久に、永久に、恐ろしい孤独である。原始以来、神は幾億万人といふ人間を造つた。けれども全く同じ顔の人間を、決して二人とは造りはしなかつた。人はだれでも単位で生れて、永久に単位で死ななければならない。とはいへ、我々は決してぽつねんと切りはなされた宇宙の単位ではない。我々の顔は、我々の皮膚は、一人一人にみんな異つて居る。けれども、実際は一人一人にみんな同一のところをもつて居るのである。この共通を人間同志の間に発見するとき、人類間の『道徳』と『愛』とが生れるのである。この共通を人類と植物との間に発見するとき、自然間の『道徳』と『愛』とが生れるのである。そして我々はもはや永久に孤独ではない。 萩原朔太郎



  


Posted by ake. at 09:23ソウル滞在記

2010年01月17日

いまできること、いまでなければできないこと。

 先週15日は水曜日でした。テレビをつけたら水曜集会のニュースが流れていました。900回目の水曜集会の様子でした。



 ソウル市内から地下鉄とバスを乗り継いで2時間ほどの広州市にナヌムの家があります。現在、ナヌムの家には9人のハルモニたちが共同生活をしています。彼女たちは、日本軍政下で「従軍慰安婦」にされた被害者です。すでに80歳を越えています。残された時間は、もうほとんどありません。彼女たちに接する最後の数年間になるでしょう。


 未来へ託せることもあります。でも、いまでなければ、できないことがあります。


 

  


Posted by ake. at 23:57ソウル滞在記

2010年01月14日

研究空間スユ+ノモのこと。

 世界に広く目を向ければ、いろんな場所でいろいろなことを考え、実践しているひとたちがいます。今日は、ソウル市内にある연구공간 수유+너머(研究空間スユ+ノモ)におじゃましました。日本の大学とも交流のあるユニークな研究コミューンとして知られています。

 ソウル地下鉄の4号線“淑大入口駅(숙대입구)”から徒歩20分くらい歩いた住宅地の山の上にあります。

 淑大はソウルでも人気の女子大で、かわいいカフェがいっぱいあります。スユ+ノモに行く前にちょっと寄り道したりして...。




 住宅地の中にあって、ちょっと迷いましたが、親切に道を教えてくれたおじさんのお陰でなんとかたどり着きました。ここは地図で見るとソウルの中心部のはずですが...実際に行くとなんというかちょっとした“山”です。



 いつだったか、イ•ヂンギョンさんを囲んでの読書会についてブログでも触れたのでしたが、スユ+ノモの研究者でもあります。スユ+ノモは、UTCPの西山さんのブログによれば、“高学歴ワーキングプア”の篭城ともいえるのですけれども、ake.は、ドゥルーズの研究者でもあるイ•ヂンギョンさんの話を聞いたときに、80年代の民主化以前の思想的抑圧状況から生まれた研究共同体と捉えました。寺子屋かあるいは私塾のようなイメージでしょうか。
 
 “社会学”なるものを勉強するとき、“学校”という装置が国家の共同体意識を下支えするのにいかに重要な役割を果たすか...てなことを勉強するわけなのですが、“権力”なるものへの抵抗手段として、古今東西地下大学はいろいろなコミューンとして存在しました。60年代の谷川雁の“サークル村”もそのひとつと思います。
 見田宗介(真木悠介)なんかが好きなひとは、ここへ来てみるとよいと思います。

スユ+ノモのカフェの風景。高校生と大学生が新しい“公共プロジェクト”について討論していました。



このカフェの基本は「セルフ」です。自分で珈琲を入れて、カップも自分で片付けます。なかなか性能のよいイタリア製のエスプレッソマシーンで入れていました。一応、ボランティアのカフェ当番がいるのですが、各人ができるときにカレンダーに名前を書き込んでいます。珈琲は1杯2500wで小さな引き出しにお金を入れます。「だれもお金を払うところとか見ていないのだけれど、そのへんは“良心”」だそうです。



はじめてなので、ake.は当番のひとに入れてもらいましたが...美味しい珈琲でした。




こちらは厨房です。

 スユ+ノモの食事の材料は、ほとんどが農家からの寄付で、残った野菜などをもらっているそうです。ホワイトボードに書かれているのは、寄付してくれた農家の名前や食材。お礼に講座を開講したりするそうです。





こちらのカレンダーも厨房のボランティア当番の名前がぎっしり書いてあります。



今日は男の子がふたりで、夕食を作ってくれました。


カフェの窓から夕日が...。このカフェはソウルを一望できる相当に素敵なカフェです。


5時半からの夕食。マシソヨ〜。



 ちなみに...ここのお作法は、食事を食べた後にパンでお皿をきれいに拭いてそれも食べちゃいます。禅寺とかのお作法に似ています。

 研究室の看板です。“돈의보감”なる薬草の古文書があるそうで、この部屋ではその研究をしているそうです。


 ake.はずっと以前から「おばあちゃんになったらcafeをやりたい」って呪文のように言っているのですけれども、それはお茶のみだけじゃなくて、“公共空間”の実験場みたいなことをずっと考えています。なにが必要なのかな。ake.のやりたいことはスユ+ノモとも少し違うけれども、考え方の方向性というところでははまっていると思います。もっとずっと俗っぽいcafeなんだけれど、広がりのあるところ。考えるだけで楽しい。

  


Posted by ake. at 21:25ソウル滞在記

2010年01月13日

SKIN FOODとか韓国美容事情。

 アカスリから、岩盤エステ...美容整形まで、韓国の美容産業ってすごいと思います。日本と同じように問題もあって、ダイエット食品などに痩せるけれど身体を害する薬品が使われているとかいうことはよくあるようです。何度かニュースで見ました。

 韓国の女性ってみんなとても美しい。はじめは“キムチパワー”かなと思ったけれど、相当にお手入れしていると思います。美容整形も普通みたいです。足を細くするために、ふくらはぎの筋肉細胞を破壊する手術とかやるのだと聞きました。びっくりしました。
 
 竹馬の友にSKIN FOODで見つけたパックを10個くらいプレゼントに送ってみました。今日届いたメールが来て、なかなか良いようです。韓国ではイ•ビョンホンがCMをやっていることで有名なのですが、最近になって東京(原宿)へも店舗進出したみたいです。

 ake.の冷蔵庫は、食べ物がなにも入っていないのですが、パックだけ冷やしてあります。そろそろ無くなってきたので調達したいです。


 SKIN FOODのパックは、果物ベースから蜂蜜、ハーブ...はてはニンニクやキャビアのパックまでそろっています。ニンニクのパックはニオイ大丈夫かなと思ったけれど、これは大丈夫です。今のところ、キャビアとかは試していなくて、アロエとかキュウリ、ハーブとか無難なところでやっています。まぁ、そのうちに挑戦します。

 ロッテマートあたりへ行っても、パックはものすごい種類が売っていて、ひとつ1500wくらいでお手頃なのです。これでリフレッシュできるんだから、ake.安上がり。

 
  


Posted by ake. at 00:31ソウル滞在記

2010年01月10日

韓国中央博物館

 土曜はちょっと勉強をお休みして、이촌にある中央博物館へでかけました。日本の東京国立博物館にあたるところです。



 内部は総大理石でゴージャス。デパートっぽくもありますね。


 韓国の国立博物館は基本「無料」です。(特別展は有料のところもあります。)去年、全州の国立博物館へ出かけた時も無料でした。お隣の歴史資料館へ立ち寄ったときなどは、売店でガラスケースに入っていた分厚い資料を購入しようと思って、「これをください」って言ったら「韓国のことをもっと知って下さい」って、学芸員の方にもらっちゃったくらいでした。

 日本の東博...常設展も無料ではありません。無料どころか法人化して値上がりしたんです。ake.が学部の時は常設展示だけなら大学生は130円でした。それで、友だちと一緒に常設展だけ見に行ったりしていました。電車に乗って、昼ご飯食べて1日博物館にいて1000円で間に合いました。でも、今の大学生は400円払わないと常設も見られないのです。大人は600円。特別展は2000円が相場かな。(ただし、18歳以下は常設のみ無料。)

 韓国だってそりゃあこの経済危機でめちゃくちゃ大変なはずなのです。でも、すごく頑張ってる。そういうの、行ってみてよく解りました。「健全な愛国心」とやらの育て方、もうちょっと考えましょうよ、ニッポン。家族連れが大勢来ておりましたよ、中央博物館。子どもが飛び回って、それを叱るお母さんのヒステリックなわめき声があちらこちらで...五月蝿いくらいでしたよ。無料にして、いっぱい来ればいいじゃん。旗なんか降るよりよっぽどいいと思うけどな。博物館なんてうるさくっていいんだし。

 博物館へ訪れた韓国のひとたちは、きっと、この国の「歴史の断面」とか「歴史の断層」ということにことに思いを巡らせるわけで...。この国のナショナリズムはものすごく強烈です。けれども「国家」のうさん臭さを感知する人びとの能力は、きわめて高い。そいういう能力の高さは、この国を取り巻いてきた歴史と繋がりあっている。

 
これは16世紀ころの集落の絵図。人が住む場所は山際で、平地は田んぼっていうのは日本もおなじかな。

これは、警察の身分証明みたいなもの。17世紀くらいでしょうか。最近、民衆社会と警察ってのが流行っていたので、記録してみました。


李成桂の戸籍です。「正統性」ってどうやって「証明」できるのでしょうね。


 これは、李朝時代の王妃の婚姻行列の巻物です。行列の一番後ろに「医女」を発見しました。「お、チャングムじゃん」。医女の前の被り物をしているひとたちは「侍女」です。女官も医女も白丁の時代です。


 ちょっと忘れてしまったのですが、高麗時代の物かなと思います。骨壺なんですね。朝鮮は基本土葬だと思っていたので「へぇ」って思ったのでした。これは...仏教の影響なんでしょうかね。


 これは水玉のキュートな瑠璃杯。6世紀ころのものです。日本の正倉院にも似たのがあると思います。


 「インカ」と見分けがつかないです。




4世紀ごろでしょうか。これは自然釉の比較的プリミティブな時代の焼き物です。まったく同じ型のものが日本にあります。

 これも、日本の弥生時代にまったく同じ型のものが出土しています。下の方に穴があいていますが、節を抜いた竹を差し込んで注ぎ口にするのです。


これは朝鮮の特徴的な梅瓶です。美しいです。


笑える。鳥獣戯画みたい。性格見えそうですね。生き生きしてます。役人みたいな恰好しているけれど、あまり賢そうじゃないところがよいとおもいます。


 これは、ただの木片に見えるのですけれど、香木なのです。日本でも正倉院に収蔵があります。ake.は香道をやってみたいなぁと思って、道具をすこし揃えたことがあるのですが、そいえば何処へいったんだろう...。やっぱり、香炉1個買って行こうかな。
 香りって極めて宗教的なものですね、たぶん。精神のコントロールに使うんですもん。



アジア人の座り方。立て膝ってこういうものかなぁ。


 これは卓上に置けるような小さい半跏思惟像なんですけれども、かしげている角度がおそろしく深いので、「ほんとうに」「もの凄く」悩んでいるように見えました。(笑


これはタケノコです。


白磁。今回の展示でake.が一番いいなと思った梅瓶。ぽってりしてます。


これまた名品。

 
 まだまだいっぱいあるのですけれど、この辺にしておきます。

 そういえば、青磁忘れたかも。展示は焼き物が圧倒的に多いのですけれども、そうだなぁ。収蔵品はもちろん名品揃いなのですけれども、今回は「ため息が出ちゃうくらいスゴいなぁ」っていうのはなかったのです。いっぱいありすぎて、見逃したのかもしれません。

 ake.は中国へ1度しか行ったことがないのですけれども、上海博物館の美しい陶磁器がもの凄く強烈な印象に残っていて...。釉薬の違いと思います。それから、「権力」なんですね。「美」というものはやがて「権力」と結びつく...。

 ake.が学部のとき、とある文芸評論家が「世界で一番美しいものは何か」という問いに「南宋、あるいは北宋汝官窯の壷」と答えていました。まぁ福田さんなんですけれどもね。それを聞いて、「そんなもんかなぁ」って思ったけれど、現物を見て一理あるかも...って思ったのです。ゾクゾクしますね。あれは、確実に女性の裸体の表象です。土器もそうですけれども、コカコーラの瓶だって、女性の身体なんですね。でも、官窯の壷は、女性の身体そもものを越えてしまったかもしれない。
 
 もっとも、ake.は青磁よりもほんとうは白磁のほうが好きで、上海で感動した壷は汝官窯のものではなくて、白磁に桃と牡丹の絵がついたものでした。しかも、まだ故宮へも行っていないので、今度行きたいと思います。

 成形もさることながら、あのヌメッとした釉薬をこしらえるのに、どれだけの労力を費やしたのでしょう。それは権力の象徴である「官窯」にしかできなかったのです。それから、ほとんど「逸脱」「狂気」と言っていいほどのエロティシズムを必要とするのではないかと思います。 
 かつて、女性は「物」だった、否「物」よりも劣ったかもしれない。

 博物館を歩いている間、もちろん柳宗悦の「用の美」ということを想っていました。「使う」ということと「美」の追求は別物なのか...。中国陶磁と朝鮮陶磁を比較してしまえば、ake.がさっき言ったような一面的な感想にしかならない。そうではなく、「健康な美」とは何かを考えたのが、柳でした。そもそも比べられないのです。柳宗悦は、自分の食卓で使っていた器を民芸館で展示していました。それは決して「お宝」などではないけれども、生活美を具えたもの。美といった途端に胡散臭くなるような、生活の中に生きてあるものでした。
 柳を、オリエンタリズムとしか考えられなかった時期もあったけれど、ここで少し、柳の語りたかったことが見えたような気がします。

 「世界一美しい物はなにか」というのも愚問ですね、きっと。 

 それから、もうひとつ言っておかなくてはいけないことは、植民地時代に日本人が朝鮮から持ち出した国宝級の遺品がすごく多いことです。たとえば大英博物館は、植民地から収奪してきた遺品で展示しているという批判と、返還問題が長い間続いていますけれど、日本もそうです。知らない人が多いけれど...。

さ、このへんで。
 
 

 
  


Posted by ake. at 19:53ソウル滞在記

2010年01月08日

試験とかseoul jazzとか...

 このところソウルは最高気温が−5度くらいで最低気温が−20度前後。icon04추워요〜face18北朝鮮の国境付近だと−30度近いようです。

 せんだっては朝、部屋の水道の水がちょろちょろとしか出なくって、朝にシャワーが浴びられなかったりしました。こんなに部屋は暖かいし、凍結対策をやっていても、水道管は凍ってしまったのです。

 大学へ行く途中にJazzバーをみつけたので、図書館からの帰り道に立ち寄ってみました。


 2回ほど行ったけれど...夜9時過ぎなのにいつも客がake.ひとりなのです。あまり流行っていないのかなぁ。
 店の壁にはMiles Davisとかの写真がいっぱいかざってあるのですけれど、実際店に流れている音楽が耳あたりのいいjazzなんです。なんでかな...。Miles流せばいいのにね。好みかな。



matini満杯...。この写真じゃ分からないけれどグラスがめちゃくちゃでかい...。


大学通で行列ができているなぁって思ったら“博多ラーメン”のお店でした。韓国の食堂で出されるのラーメンはほぼインスタントラーメンです。生麺のラーメンて珍しいのです。

極細麺が美味しかった。


 
 この2日間、韓国語の中間試験でした。ソウル滞在も折り返し地点です。あぁ、せめて半年このまま過ごしたいです。昨日はディクテ、作文、読解、今日はオーラルの面接がありました。試験は授業を滞りなく受けてさえいればそれほど難しいものではないのですが、80点以上でないと進級できないのでみんな真剣です。相当久々に試験勉強をしました。あとは最終試験が2月中旬にあります。
 
 「学食だけじゃ飽るよねぇ...」ってことになって、ササちゃんと焼き肉を食べに行きました。

これ↑2人前。これにご飯と石鍋チゲスープがついて18000w(1400円なので、1人前700円くらい。)




ake.御用達の왕만두のお店。コリアンチャイニーズのひとがやっていると思われます。


こちらは、家の近くで軽トラで売りにきているおじさんの屋台肉まん。
↓1人前4個も入っている。3000w(240円)。

↓これも屋台の水餃子。もちろんこれで1人前。これも3000w。


どんだけ食べているのだろう....。

そういえば、ほぼ毎日のようにいっているアイスベリーというcafe兼アイスクリームショップのフルーツサンデーにはいつも、プチトマトがのっていて、韓国ではトマトはフルーツに分類されていることを確認。なんかね、ake.は子どものころ、友だちの家とか親戚の家とかに遊びにいくと、トマトに砂糖をかけて出されていた。たぶん、おばあちゃん世代にとってはフルーツだと思う。甘いトマトジュースね、飲みなれるとクセになります。

最近、キムチが美味しいと思えるようになりつつあります。
 
さて、試験も終わったし、ちょっと出かけてきます。
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Posted by ake. at 22:30ソウル滞在記

2010年01月05日

Seoul真っ白...。

朝起きたら...真っ白でした。




 こんな雪を見たのは久しぶりで、道路でたくさんの車が立ち往生している中...雪がしんしん降っている中を歩くのがちょっと嬉しかったりして...。ソウルの交通は大混乱で、軍隊総動員で除雪作業でした。大学前でも、迷彩服を着たひとたちが、列を組んで雪かきをしていました。

韓国はオンドルが完璧なので、雪の降った日の交通事情も整っているのかと思っていたのですが、ノーマルタイヤで立ち往生している車がたくさんあったり、道路が雪国仕様というわけでもないのですね。これ、日本の北国の道路は雪を溶かす仕組みがいろいろ施されているのですけれど。

 さて、韓国では、恋人たちは“初雪”の日に待ちあわせの場所を約束していて、“初雪の出会い”みたいなことをするのだそうです。そういえば、こちらのテレビで日韓合作の「初雪の恋」という映画をたまたま途中からみたのでしたが、ラストシーンでそういう場面があったのを思い出しました。宮崎あおいとイ・ジュンギの共演でした。

   


Posted by ake. at 00:28ソウル滞在記

2010年01月01日

謹賀新年

2010년 새해 복 많이 받으세요.

新年ake.ましておめでとうございます。
今年も、素晴らしい1年になりますように...





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Posted by ake. at 22:52ソウル滞在記

2009年12月31日

2009年大晦日。

 コホンっface12ちょっと風邪気味の年の瀬ですが、今年も無事に1年を過ごせたことに感謝したいと思います。

 大晦日の今日。韓国では学校も会社も通常営業です。なので、私が通っている大学の授業もあります。こちらは旧暦なので今年は2月15日が元日です。どうしようかな、今日は一応、年越し蕎麦でも食べようかな...。

 今年も生き恥さらして1年過ごしました...えぇなんとか。これも、みなさんのおかげ。

このアホブログの著者の近影です。見苦しいので小さめに涙友だちが送ってくれました。


 いったい何年ぶりでセーラー服を着たのでしょうか...。ake.はお酒があまり飲めないので、これを素面(しらふ)でやっているわけなんですけれども...大学院の学寮で...こんなコスプレ流行らせたの誰よ...。なんか...こうして見ると中学3年くらいからいろいろな面で「成長」してないんじゃないかって心配になってきましたが。

 あとで、後悔したら写真は外すかもぉ。

 
  


Posted by ake. at 01:24ソウル滞在記

2009年12月26日

続々チアチアとハングルのこと

 寒い夜に出歩いていたせいか風邪気味です。今日は昼間中央博物館へ行こうと思っていたのですが、部屋で静かにしていることにしました。

 大晦日にも授業はあるのだけれど、クリスマスは学校がお休みです。韓国ではキリスト教徒が多いからかもしれません。はじめて訪れた韓国の風景でもっとも印象深かったのは、一面田んぼの風景の中に巨大な教会が建っていたことでした。夜になると電飾がギラギラしていて、韓国の教会っておもしろいなとおもいました。




 さて、引続きチアチア族です。
 ハングルではチアチア族のことを“찌아찌아족”というふうに表記するのですが、検索をかけると画像も含めてたくさんでてきました。



 韓国には訓民正音学会という学術団体があるらしく、チアチア族のハングル導入の立役者たちといったところでしょうか。

世宗像の前で記念写真

市長と一緒にハングルを読むチアチア族の高校生


 25日の新聞報道によれば、チアチア族の住むインドネシアのバウバウ市に、韓国文化院なるものを建設する計画があるようで、シュミレーションの完成画像が公開されました。天井を支える26本の柱はギリシャ建築の雰囲気をとりいれ、赤い壁には訓民正音(ハングル)が刻まれるとのことです。



 とはいえ、こうしてアジアを内部で取り結んでいく「文化」は善かれ悪しかれさまざまな政治的意図も隠されているわけで、互いのナショナリズムのバランスが崩れないことを祈るばかりです。“韓国”というアジアの先進国と交流を取り結ぶことで、インドネシアにおける少数民族の地位の底上げを図るのか...そこには互いに「民族の存続」をめぐる歴史的経緯や複雑な事情が沈んでいると思います。もっともっと深く洞察することは大事なことと思います。

 朝鮮語を学ぶということのひとつの楽しさは、ハングルを書く行為にあるかな、と思います。漢字を書く行為とはだいぶ違う経験です。記号を書いているみたい。意味は解らないけれど、読める、書けるという経験。
 
 言葉を持つということと文字を書くという行為は、人間の欲望を語るうえでもっとも重大なことだと思います。人間は、世界を言葉で覆い尽くそうとする。森羅万象をなぞる文字で歴史を記録しようとする。いわんや“物語り”は....。ともあれ、言葉にできない“はみだし”をどこかに置き去りにしてきたことも、また真実であるかもしれません。
 書き言葉を持つことによって、“失われること”もあるかもしれません。

 さて、ハングルが、中国という巨大帝国への強烈な対抗意識によって創成されたことはよく知られています。漢字によって“思考を支配される”ということを回避するためにハングルが創成されたと語られます。
 とはいえ、そのハングルの歴史は、紆余曲折をたどってきました。長い間、ハングルは正統な文字とはみなされませんでした。高級官僚である両班の試験は依然として漢字でおこなわれていましたし、ハングルを使うのは女、子ども、地位の低い庶民という認識があったようです。さらには、韓国併合期における日本語の言語同化によってハングルのみならず朝鮮語自体が氷河期のような時代をくぐり抜けてきました。
 かつては“バングル”(野蛮な文字)といわれていた文字が“ハングル”(偉大な文字)と呼ばれるようになった歴史は、ほんの最近のことでした。


  


Posted by ake. at 01:09ソウル滞在記

2009年12月25日

続チアチアとMerry X'mas。

 昨日のテレビで、ソウルを訪れている例のチアチア族の一行が、世宗大学を表敬訪問したというニュースが流れていたのです。それで「おっ!」と思ったake.は、今日、世宗大学へ行ってきました。ひょっとすると、チアチア族の学校で使われている教科書が世宗大学で見られるのじゃないかと思ったのです。
 でも、大学の事務のひとたちもチアチア族のことを知っているのだけれども、「詳しい情報はソウル市庁にあるんですよ」てなことだったのです。表敬訪問についても「市庁からの要請だったんだよねぇ」てなかんじでした。言語学のセクションにでも行けばもうちょっと知れたのかなぁ。
 世宗大学のことをよく知らないのですけれども、ハングルをつくった世宗となにか関係でもあるのでしょうか…。どういういきさつでチアチア族のみなさんが世宗大へ来たのかはほんとうのところよく分かりません。ともあれ、そのうちソウル市庁へいって、チアチア族の使っているハングルの教科書くらいは見ておこうと思っています。 

 さて夕べは、授業を終えて市内のとあるお洒落なカフェで、ソウル在住のアーティストにお会いしました。

 日本へ帰ったらブログなりHPなりで告知しようと思っているのですが、来年の4月か5月に佐野書院で、“コンテンポラリーアーツと政治”をめぐる、小さなシンポジウムを開催しようと考えています。夕べは、そのための初会合といったところでした。エキサイティングな出会いでした。次回はシンポで上映する作品検討のミーティングをすることになっています。そんなに大げさなものではないですけれども。
 へへっ…韓国語の勉強の他にもいろいろミッションを抱えてきたのです。

 詳しい企画はいま仕込み中…face05

 ところでMerry X'masface02なんだか1年経つのが早すぎる…icon11
 

 今年もake.のギフトはクッキーです。もっとも今年は、キッチンにオーブンがないために手作りは断念したのです。お店で売っているジンジャークッキーは、ジンジャーの香りがしないのでやっぱりジンジャークッキーは手作りに限るなぁと思います。もともと買って食べるお菓子ではないのですね、きっと。おなじみ、魔除けの人型クッキーです。たまたま量り売りしていたのを見つけたので、ラッピングしてクラスメイトにあげました。

 今日はクラスメイトと「クリスマス焼き肉」でした。ake.のクラスこれが全員…と思ったらニノ君がひとりお休みだった。豚焼き肉専門店で10000wでおなかいっぱいでした。びっくり。
 韓国は旧正月なので、授業は大晦日もあるのです…icon10


 
 いつもとちょっと違う年の瀬を迎えています。というか、ake.もとうとう海外で年越しするようになっちゃったなぁ…さっきもクラスの中国の友だちと「流民」の話したけど…ああルミン。

 クリスマス焼き肉を終えてから、真夜中までは少し時間があったので、学校の近くで偶然みつけたBook cafeにはいってみました。図書館に飽きると、夜中はどこかのcafeでテクスト広げていることがおおいです。

 今日はクリスマスのせいなのか…それともこの店は流行っていないのか…お客さんが誰もいなくて、入るのがちょっとためらわれました。店主は“おじさん手前のお兄さん”。人のよさそうなそのお兄さんに「何時までですか」と聞くと、閉店まであと2時間半くらいあったので、アメリカーノとチーズケーキ(←これが今年のクリスマスケーキになった涙)をたのみました。

 アメリカーノは単品だと4000wで、チーズケーキセットだと5000wという、まったく人の良い料金設定のBook cafeです。このcafeの存続がすこし心配になりました。このベイクドチーズケーキは美味しかったです。

“公共図書館的内装”の店内。


 運ばれてきた珈琲を飲みながら、なにげに紙ナプキンを見たら「la miel」というこのお店の名前の下にちいさく「for The inteligencia」と書かれてあって、これまた「ちょっと恥ずかしいコンセプトだな」とかこころの中でつぶやきつつ...。またまたこのcafeが心配になってきました。


 書棚をみると、六法全書みたいな法律本などがやたら並んでいて…「cafeで六法...⇒インテリゲンチャ?!」icon11

 別の棚には、日本語の本もすこし並んでいて…どんな本かなってみたら...渡辺淳一ばっかりだった...涙。不思議なcafe...突っ込みどころ満載のcafeで、たのしかった。

 お店の真ん中に、クリスマスツリーみたいなのがあって、これは普段からあるのだろうと思うのですが、ハート形の短冊がいっぱいついていました。
 
 そういえば、ake.は小学校1年くらいまでクリスマスと七夕の区別がつかなかったんだよなぁと...この木を見て思い出したのでした。

 柳田だったかな..折口だったかもしれない。七夕もクリスマスも、樹木信仰のひとつのあり方てなことを“依り代(よりまし)”とつなげて論じていたと思います。樹木を飾るって楽しいですよね。木を飾るって、世界中のいろんな民族のもっている習慣だと思います。

 ake.の家では、いまでも七夕の竹とクリスマスのモミの木は、山に切りにいくのが恒例行事です。竹は勝手に増えるのだけれど、モミの木のほうは、たぶん、植えているかもしれません。田舎では、孫の代に使うための木材を植林しておくので、私たちが楽しんだモミの木はおじいちゃんが植えておいてくれた木かなと思います。

 そんなことで、みなさまメリークリスマス!

 ジンジャークッキーの食べ方 ー アイスクリームに立たせる。
昨日お会いしたkumさんが送ってくれました。 
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Posted by ake. at 00:13ソウル滞在記

2009年12月22日

チアチア族とおねしょ小僧とメロナ。

 時事通信に興味深い記事がでていました。

ハングル採用の少数民族を歓迎=ソウル市と文化交流−韓国

 【ソウル時事】自らの言語表記に韓国の文字であるハングルを採用したインドネシアの少数民族チアチア族の一行が22日、ソウル市庁舎を訪れ、記者会見した。ハングルを民族的な誇りと考える韓国人は多く、ソウル市の呉世勲市長らは一行を歓待した。
 約8万人のチアチア族は固有の文字を持たなかったが、昨年、表音文字であるハングルの採用を決定。今年から学校で本格的に教え始めた。会見で、多くのチアチア族が暮らすバウバウ市のアミルルタミム市長は「他の文字では正確に表記できなかったが、ハングルによって単語の意味を失わずに記せる」と語った。(2009/12/22-15:54)


 この記事を読んでから“チアチア族”で検索をかけたらたくさん出てきました。ハングルを採用したことで話題沸騰の“民族”だったのですね。すでにハングルの教科書はできているようですが、きっと、将来はハングルで書かれたチアチア族の歴史が編まれるわけであり…。しかしそれは表音文字として文字は採用しているけれども、意味はチアチア語であるためハングルでありながら「韓国語」でも「朝鮮語」でもないのです。かなり気になりますね。チアチア族に会いにインドネシアに行きたいと思います。しばらくの間、チアチア族に注目したいと思います。


 今日は、授業がおわってから友だちと東大門市場と南大門市場を散歩してきました。
 ake.の頭は脳みそがたりないらしく…大人用の耳掛けでは大きかったので、子供用の耳掛けを購入しました。問屋のおじさんが「これならまけるよ」といったのをさらに値切って750円。小学生が使うようなやつです。日本へ帰るころには、全身“東大門ファッション”になっているだろうと思われます。

 南大門市場では、マグネットをみつけました。


 ake.は2年くらい前から“ご当地マグネット”をコレクションしているのです。マグネット選びは楽しいのですけれど、いろんな種類がある中で1個か2個を選ぶのってちょっと難しいのです。ake.のマグネットコレクションの場合は、旅先の“ご当地もの”に限っているので、それ以外のマグネットにはとくに興味ないのです。

 今回選定したマグネットは↑これです!ひとつは“箕”ですね。それから、もうひとつは箕をかぶった“おねしょ小僧”のマグネット。韓国ではマグネットになるくらいポピュラーな習俗なのだなぁと知りました。
 おねしょをした子どもは、こうして箕をかぶって、隣の家のアジュマン(おばちゃん)に「塩をください」ってお使いをさせられるのです。

싸개싸개 오줌싸개 : 잃어버린 자투리 문화를 찾아서 (おねしょこぞう)
 火遊びをしたらおねしょをする、と言われています。 ヨンソプは、火遊びをしておねしょをしてしまい、古い箕(み)をかぶって塩をもらいに行きました。 ところが家を出たとたん、みんなにからかわれます。ヒョンジのお母さんまで火かきぼうで箕をたたいて追い立てます。逃げ出したヨンソプと古い箕はおたがいをなぐさめました。ところで、なぜ箕をかぶったのでしょうか? 人々は、おねしょをした子に箕をかぶらせて塩をまき、恥をかかせれば、二度とおねしょをしないと考えたのだそうです。★箕:穀類をあおって殻・塵などを分け除く農具。竹・藤・桜などの皮を編んで作る。
 出典「韓国の子どもたちのお気に入りの本」より

 
 さて、この20日間で何度か登場しているメロナなんですけれども、実はすでに10本くらい食べていると思うのですicon11
それで、今日はコンビニへ行って、別なアイスを購入したんです。写真にあるチョコアイスを…。お店のアイスストッカーの中のメロナは一瞬見たのだけれども「昨日も食べたし、今日はメロナはいいことにしよう」って思って…。
 そしたらね…。お店でお会計したら「当たり」が出て。face05お店のひとが「コンチェ」って言うのですね。ちょっと意味が解らなかったのですけれども、「もう一本アイスが当たったから、冷蔵庫からもってきていいよ」ってなことは解りました。でね、メロナが当たったんですね。ええ。とうとう、メロナを買わなくても、ついてくるようになりました。face05好きだからいいですけど。
   


Posted by ake. at 22:34ソウル滞在記

2009年12月18日

川崎のこと

 師走になって方々のメーリングリストから、近況が伝わってくる。

 川崎へ、ほんの時々通うようになったのは今年の2月から。この半年間で、私の中の川崎のイメージは180度変わった。学部時代に藤沢へ住んでいた私にとっての川崎とは、充実した文化施設のある、比較的に恵まれた自治体だった。

 10代のころ編集者になりたかった私は、知り合いの伝手をたどって編プロ巡りをしたことがあった。いまでも“グラフィケーション”をという、とある企業のPR誌をおくってくださっているのだけれど、その凄腕の編集者の方が、かつて川崎市を舞台にとても魅力的なタウン誌をつくっていて、私はあるとき、それを見本にして自分でも地域雑誌ごっこをやったことがあった。だから、私にとっての川崎は“文化都市”だった。

 私が10代の頃、出版業界はすでに空前の灯火で、どこの出版社を訪ねても高卒の田舎娘を受け入れてくれるところなどなかった。
 いま思えば笑えるのだけれど、私の実家の近くに、放し飼いで豚とか七面鳥とか山羊とかカモとか飼って生計を立てている不思議な夫婦が住んでいる。時々、自宅を開放して東京からミュージシャンを呼んで小さなコンサートをやったりしていた。職業は養豚業なのに、グランドピアノのある妙な家だった。
 その養豚のおじさんが「ake.ちゃんが家出したいというなら止めない。それじゃあ、東京の出版社に紹介状書いてあげるから」って送り出してくれた。“厳封”された紹介状を持って、私はかなり有名な出版社や編プロを何件か歩いた。“紹介状”の効力というものがあるらしく、ちゃんと編集長さんが出てきてくれて、お茶を飲みながら2、3時間話を優しく話をしてくれた。けれども、最後は「僕と友だちになろう」といわれて体よく帰されるのだった。でも「ちょっとヘンだな…」と思った私は、厳封された紹介状の1通をこっそりあけて読んでしまった。「家出娘なので、話を聞いたら、田舎へ帰して下さい」って書いてあった…。「やられた」と思った…。“グラフィケーション”のあの方も、それだった。
 その後ようやく“家出”は成功したのだけれど、まあ喜劇的にいろいろなことがあった。思い出せばきりがない。

 つい話がそれてしまった…。

 だから、私にとっての川崎というのはあの“タウン誌”の中の川崎だけだった。

 でも、この半年間で私が出会った川崎は、臨海開発と汚染と、在日、沖縄、そして東北からの労働者たちがドヤ街にひしめいている…多様な顔をもった川崎の姿だった。

 この10月、川崎市の阿部市長は3期目の当選を果たした。私には、私なりの複雑な思いが去来していた。川崎は、戦後日本の吹きだまりのような場所。川崎を交叉する様々なひとたちとの出会いがあり、私には川崎に選挙権はないけれど、阿部市長の再選には反対だった。「共生」とは名ばかりの政策の中で、苦しい立場にあるひとたちが、そこにたくさんいたからだった。

 阿部市長は、1943年生まれで、福島県水保村の7人兄弟の末っ子だそうである。東大法学部出身のエリート官僚を経てきたが、それなりに流動人口の多いこの臨海都市で、3期12年間も、このひとを支持している有権者とは誰なのか…それが気がかりだった。

 秋の初めに歩いたドヤ街。
 そこは確かに“ドヤ街”なのだが、すでに労働者の居住地域ではなくなっていた。高度成長期に活躍したかつての労働者たちもうすっかり歳をとって、高齢者の住む民間の老人ホームのような場所に変貌していた。現在、ドヤに住んでいるひとたちはのほとんどが、終戦直前に生まれた東北地方の次男三男たちである。「実家はある」のだという。でも「帰れない」ひとたちなのだ。ひっそりと川崎のドヤ街の片隅で亡くなってゆく。

 私は思っていた。

 阿部市長とドヤ街に住むひとたちは、あるいはどこかで交叉しているかもしれない、と。もっとも、その間には、すさまじい奈落があるのだと思う。かつて「中央の小泉、川崎の阿部」と喧伝して、新自由主義の中から生まれた阿部市長をとりまいている“社会”には、川崎をそっくりそのまま表象できるような、つまりはすっかりはまり込んだ、「闇愁」のようなものが沈んでいるのだと思う。その「闇愁」に切り込まないうちは、たとえどんなに福祉政策を左派が唱えたとしても、「暗愁」の共有者たちが阿部市長を支持するのだろう。もっとも、ドヤの人たちが、同じ東北出身の阿部市長を支持しているのだと断定するのではない。ただ、川崎という場所は、阿部市長と呼応するのだとは思う。

 あのドヤ街で通り過ぎた高齢者の多くが、4年後の選挙には生きていないだろう。そういう時代の流れが選挙をも裁断するだろう。あのドヤ街が、戦後日本最後の「暗愁」だと思うから。戦後にのこされた“国内植民地”の最後の姿を見届けようと思う。そしてまたここから、あらたな「植民地」が生まれるだろうということも自覚しながら。

 私はまだ、川崎で出会った在日のひとたちに、川崎に流れた“日本人”について話せないでいる。

 
  

 
  


Posted by ake. at 22:09ソウル滞在記