2010年05月23日

魯迅 『賢人と馬鹿と奴隷』

魯迅 『賢人と馬鹿と奴隷』 (1925年12月26日)   訳 竹内好

奴隷はとかく人に向って不平をこぼしたがるものであります。何かにつけてそうですし、またそうしかできないのです。ある日、彼はひとりの賢人に行きあいました。
「先生」と、彼は悲しそうに言いました。涙が糸のようにつながって、眼のふちから流れ落ちました。「あなたはそ存じでしょう。私の暮らしは、まるで人間の生活ではありません。食べるものといったら、一日に高粱のカスばかり、犬や豚だって食べたがりません。おまけに、小さな椀にたった一杯.....」
「まったくお気の毒だね」賢人も、痛ましげに言いました。
「そうですとも」彼は、愉快になってきました。「そのくせ、仕事は昼も夜も休みなしなんです。朝は水汲み、晩は飯たき、昼は使い走り、夜は粉ひき、晴れれば洗濯、雨降りゃ傘さし、冬は火燃やしで、夏は扇ぎ、夜中の御馳走つくり、御主人は麻雀、おこぼれどころか、貰うものは鞭だけ......」
「まあまあ.....」賢人は、ためいきをつきました。眼のふちが少し赤くなって、いまにも涙がこぼれそうです。
「先生、これではとてもつづきそうにありません。ほかに何とかやり方を考えないことには。でも、どんなやり方がありましょう....」
「そうでしょうか。そう願いたいものです。でも、私は、先生に悩みを打ち明けて、同情して頂いたり、慰めて頂いたりしましたので、すっかり気が楽になりました。まったく、お天道様は見殺しにはなさらないものですね.....」

けれども二、三日たつと、彼には不平が起こってきました。そこで例のように、不平を訴える相手を探しに出かけてゆきました。
「先生」と、彼は涙を流して言いました。「あなたはご存じでしょう。私の住んでいるところは、豚小屋よりももっとひどいのです。主人は私を、人間あつかいしてくれません。私より狆ころの方を何万倍もかわいがっています......」
「唐変木!」と、その人は、いきなり大声でどなったので、彼はびっくりしました。その人は馬鹿でありました。
「先生、私の住んでいるところは、ちっぽけなぼろ小屋です。じめじめして、まっくらで、南京虫だらけで、眠ったかと思うとたかってきて、やたらに食いまわります。むっと鼻をつくように臭いのです。四方に窓一つあいていません.....」
「おまえの主人に言って、窓を開けてもらうことができんのか」
「めっそうもない」
「それじゃ、おれを連れて行って見せろ」
馬鹿は、奴隷のあとについて、彼の家へ行きました。そしてさっそく、家の外から泥の壁をこわしにかかりました。
「先生、何をなさるのです」彼はびっくり仰天して、言いました。
「おまえに窓を開けてやるのさ」
「いけません。主人に叱られます」
「構うものか」相変わらずこわしつづけます。
「誰か来てくれ。強盗がわしらの家をこわしているぞ。早く来てくれ。早く来ないとぶっこ抜いてしまうぞ.....」泣きわめきながら、彼は地面をのたうちまわりました。
奴隷たちがみんな来ました。そして馬鹿を追い払いました。
叫び声をききつけて、ゆっくり最後に出てきたのが、主人でありました。
「強盗が、わたくしどもの家を毀そうといたしました。わたくしが、一番はじめにどなりました。みんなで力を合わせて、追っ払いました」彼は、うやうやしく、勝ち誇って言いました。
「よくやった」主人は、そう言ってほめてくれました。

その日、大勢の人が、見舞いにやって来ました。賢人もそのなかにまじっていました。
「先生、今回は私に手柄があって、主人がほめてくれました。このまえ、先生が、きっといまによくなると言ってくださったのは、ほうとうに、先見の明で.....」
希望に満ちたように、彼は朗らかにそう言いました。
「なるほどね.....」賢人も、お陰で愉快だといわんばかりに、そう答えました。


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